こんにちは。社長です。
悪い意味で一躍全国に名が知れてしまった瑞浪市からお送りいたします社長のたわごと。
話はさかのぼっていまだゴールデンウィークですよ。
さて笠間焼を午前中に堪能いたしまして一路東北へと向かいます。
その途中宮城県は松島を訪れました。ご存知日本三景のひとつ。ただし今回はその景観を楽しみにしてきたわけではなくやはり震災の、特に津波の被害・影響をこの目で見ておきたかったというのがあります。
夕暮れどき、小雨の降る中、松島の中心地区は比較的震災の影響が低かったらしく観光地としての機能を取り戻しているように見えました。
しかし、少し進んで奥松島と呼ばれる地域に映ると・・・・・・。


美しいはずの景色を引き裂くような自然の暴力の傷跡が次々と目に飛び込んできました。

家があったはずの場所はすべてが流されてしまいました。立て看板にここで生活していた人の現在の連絡先が書かれていました。

何がどうなっているのかわからない景色。上から下に落ちてきたのか、下から上に押し上げられたのか。

放置されたままの時計は、今もその瞬間を指し示したままです。


少し陸地方向に行くと家が残っています。残っていますがご覧のとおり。さら地のような海沿いよりもより一層津波の激しさをみせつけられました。何か町が時間から取り残されてしまったような、そんな印象をうけました。


かつて賑やかな民宿街だったであろう場所には今はプレハブの仮設住宅が並んでいます。
正直、ボランティアをするでもなくふらふらとこの町を訪れ写真を撮っている自分にとてつもない罪悪感を覚えました。この仮設住宅に住んでいる人たちにとっては「見せ物じゃない」と思うだろうし。それでも自分の目で見ること、そしてこうした被害、こうした暮らしのリアリティーが希薄な自分の町の人たちに少しでも現状が伝わればと思って写真を撮りました。
言葉がでないとはこのこと。
一年たってまだ進んでいないことのなんと多いことかと痛感しました。

